2007年1月、40代半ばにゼロからトランペットと音楽をやり直し


by YTR3320
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ハンガリーからのミュージシャン達

ジャズが楽しいと初めて思ったストックホルムでの夜の前だったか、後だったかは覚えていない。1984年の2月か3月のある夜、僕はノルウェーの港町に鉄道で辿り着いた。

ユースホステルを泊まり歩いての旅だったので、まずユースホステルを訪れた。満室だった。この時期は長期滞在者の住まいになるのだと言う。仕方無しに、バックパックを背負って坂のある凍てついた町を手持ちの金で泊まれそうな宿を探して歩いた。

一軒見つけた宿も満室だった。もう他の町に移る列車も無い時間だった。何とか泊まれるところを見つけなければ。宿の主人も同情して、あちこちに電話してくれたが、空いているところは無かった。
困っていると、主人がこんな提案をした。「ハンガリーからのミュージシャン達が長期滞在している。彼らが一旦戻ってきたら、部屋に泊めてくれるか聞いてあげよう。その代わり、夜の演奏は聞きに行ってあげてくれないか。待つかい?」もちろん、その提案を受けた。不安を抱えながらミュージシャン達を待った。

宿に戻って来たミュージシャン達はボーカルの女性とギター、ベース、ドラムその他の男性で構成されたグルーブだった。部屋に泊まることを心良く承知してくれた。

彼らは、もう何年もハンガリーを出たまま、西ヨーロッパのあちこちを演奏して回っているのだと言う。「ハンガリーに戻りたいけど稼がなくちゃいけないからね。」ハンガリーが共産党による一党独裁を放棄したのは、1989年。僕が彼らと出会ったのは、そのずっと前だ。一党独裁が崩れるなんて想像もできなかった時のことだった。

演奏が行われるクラブの場所と時間を聞いて、演奏の始まる前に僕は出かけた。広く明るかったけれど、客がまばらな店内で酒を飲みながら演奏が始まるのを待った。演奏が始まった。良く知られたポップスだった。ビートルズやロックンロールもあったかもしれない。演奏をじっと聞いている客なんていなかった。僕以外には。自分達が演奏したい曲を客に聞かせることも出来ない。でも、そこはそう言う店。音楽はあくまでBGM。そこが出稼ぎの彼らのその日の仕事場だった。

ミュージシャン達とボーカルの女性が、演奏中に僕に気が付き、ステージの上から視線を送ってくれた。来てくれたねと。

休憩時間に彼らと飲みながら話をした。差し出された手巻きのタバコを吸った。乾燥させた葉を細く巻いただけのタバコ。肉体労働をしていた時に吸ったゴロワーズやジタンとは違う強さのあるタバコだった。むせたり、咳こんだりはしなかった。

11時くらいまで演奏を聞いて、先に宿に帰った。夜中の2時くらいに戻って来た彼らと挨拶をして眠りについた。そして、翌朝彼らに静かに礼を告げて僕はオスロに向かった。
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by YTR3320 | 2009-04-11 06:41 | 音楽・舞台・映画