2007年1月、40代半ばにゼロからトランペットと音楽をやり直し


by YTR3320
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カテゴリ:読書( 22 )

 大学生の時に冬に野宿者の凍死防止とその人たちが強盗被害に遭わないようにと言う活動に参加していたことがある。焚き火のすすにまみれて路上で寝ている人達に声を掛け、安全な場所に誘導したり、毛布を掛けて上げたり、一緒にカップ麺を啜りながら話を聞いたりした。元炭鉱夫だというある男性高齢者は怪我をして日雇いの仕事もままならない、故郷には家族がいると言いながらも「今更帰るわけにはいかない。迷惑はかけられない。」と家族を頼ることを頑なに拒んでいた。

 矜持、自分の行動の軸、といったものはぎりぎりの時の人の支えになる。それでも生き続けたい、生き続けなければという時の拠り所になる。一方で、自分はこうしなければならない、こう生きてきたのが自分だと言った強すぎる思いは、人の行動を縛り追い詰めていく。身動きが取れなくなっても人に助けを求めることができない。自分何ぞのために相手の貴重な時間を使わせるわけにはいかない、話を聞いて貰うことが相手の時間を無駄に使い不快な思いを掛けるのではと思ってしまう。そもそも、人にどのような言葉を掛ければ良いのか、どのようにきっかけをつくれば良いのか分からない。

 二ヶ月ほど前に『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』(岡 檀、講談社、2013年)を読んだ。戦争被害者から体験を聞き取る仕事をしていた著者は、終戦後半世紀以上の歳月を経てなおも苦しみが増しているひとと徐々に心の傷が癒されている人がいる事実に気が付き、何が差を生んでいるのか解明するために仕事を辞め研究者として「日本の自殺希少地域における自殺予防因子の研究」を行った。その成果と研究の課程を一般向けにまとめたのが本書だ。

 著者は自殺予防因子として次の5つのことを挙げている。
   ・いろいんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
   ・人物本位主義をつらぬく
   ・どうせ自分なんて、と考えない
   ・「病」は市に出せ
    ・ゆるやかにつながる

 5つの自殺予防因子に共通して流れていることは、人の多様性と変化しうることを認めることだ。だから、自分のことも相手のことも固定して考えない、縛り付けない。

 追い詰められ俯いたまま相談相手を持てずに自殺の淵をとぼとぼと歩いている人、自殺の淵のちかくで立ち尽くしている人、それらの人に本書のメッセージが直接届くのかどうかはわからない。けれども本書を読んだ人達が少しずつ自分の住んでいる地域を変えることで回り回ってメッセージが届いたら、と思う。俯いて歩き続けているとき、立ち尽くしてしまっている時、そんな時でもふと顔を上げて前を一瞬でも見ることがある。そんな時に本書や本書のメッセージが目にはいったら、とも思う。本書が世に出た意義は大きいと思う。

 本書はまた、研究、勉強の面白さ、プロセスを鮮やかに描いている。読者は,読みながら筆者と共に疑問を抱き、仮説を考え、発見し、また調査を続けるという体験をしていく。疑問をもち発見をする喜びを感じることが出来る。徳島県海部町でのミクロの調査からマクロに調査・研究の視点を切り替えて大きく前進していく第四章には高揚感を感じた。筆者は、また社会学研究者の責任についても慎重に触れている。

関連
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36996
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by YTR3320 | 2013-10-12 08:44 | 読書
『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』(菊池成孔+大谷能生、メディア総合研究所、2005年)を読み終えた。

あくまで著者二人のジャズ史解釈を述べたものなので、他の人によるジャズ史も読んで比べてみよう。本書を読んでもジャズの理論が全て分かる訳では無く、アドリブが出来るようになる訳でも無い。それでもジャズ演奏の初心者へのヒントになることは、随所に書かれていて、本書がジャズの演奏家によるものだと言うことを強く感じる。ジャズ演奏を習ったり、アドリブに取り組んだことが無い人には、難しい本かもしれない。

本文中の参照音源をiPhoneに取り込みながら読んだが、私には著者の指摘について理解(賛同或いは疑問を抱く)出来ない箇所が多々あった。私には音楽の細部を聞き分けて分析する耳がまだ出来ていないのだろう。著者二人は、こんなことに関心を持って聴いているのだな、と文章上では知ることは出来た。取りこんだ参照音源を注意深く繰り返し聴いてみよう。

第11章「前期テスト」に批評と言う行為は何か、何かを勉強して何かを批評すると言う作業は、何故重要なのか、書かれている。
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by YTR3320 | 2013-04-29 07:33 | 読書
 finalvent氏の『考える生き方』(ダイヤモンド社、2013年)を読んだ。極東ブログやfinalventの日記で氏の読書量、考えたり調べたりする量に圧倒されていたので、本を書いたという告知を読んでも最初は手に取ろうとは思わなかった。自分と違いすぎるのだもの。年齢は近いけれど。その内、色々な人の人の読後感を目にする内に、面白そうだな、読んでみようと思って買った。

 「はじめに」「第1章社会に出て考えたこと」をふむふむ、へぇと思いながら読み進め、「市民であることが問われる」に、なるほどとか共感を持って読んだ。そして「第2章家族をもって考えたこと」の途中まで読み進めたところで、なんだか苦しくなって数日間ページをめくることができなかった。淡々と書かれている氏にとっての辛い厳しい日々と同時に氏が楽しんで様々な体験をしてきたことが書かれていた。自分で自分を縛ってきたのだから仕方が無いのだけれど、自分の薄い塩水のような狭く乏しい半生とそういう半生を作ってきた自分が、氏の質量共に豊かな体験、半生に否応なく照らし出されて立ちすくんでしまった。

 どうしてもページをめくることができない何日間がすぎて、半ば無理矢理ページを開いた。そして「第3章の沖縄で考えたこと」の面白さに没入した。その後は、一気に読むことができた。そして、読み終えて、自分はまだ生きている、finalvent氏が、この本で生きている日々を少しでも良いものにする方法をいくつも示してくれているのだから、今とこれからを少しでも楽しんで生きていこうかな、と思った。勉強を楽しむ方法、楽しむために行う勉強の方法を教えてくれているのだから、楽しむという観点で勉強もしようと思う。

 氏が10代の時から勉強することが自分にとって終始楽しいことだと自覚していたのか、それとも30代か40代か50代になって振り返ったときに、自分の人生を貫いている楽しいことは勉強することだと発見したのか、分からない。けれども、人生で続けられる楽しいことを10代か20代の初めまでに見付けられた人は、豊かな人生を送ることができるのだなと思った。

 そうそう、自分は昭和30年代半ばの東京の生まれ育ちだけれど、兄弟は多かった。同級生にも3人以上の兄弟・姉妹という人は何人もいた。親、特に母親への負担は大きいけれど、育てられる側からすると兄弟は多い方が良いというのは自分の実感でもある。兄弟は他人の始まりという部分もあって、大変な局面もあるのだけれど、でも多くて良かったなと思う。

 一方、不良中学生の更生に関わっていた人と話して思ったことでもあるけれど、兄弟の多少以上に、子ども、とくに小学校中学年ぐらいまでの子どもにとって大事なのは両親の健康だったり、父親と母親の間の信頼、親の子どもへの信頼だと思う。finalvent氏のお子さん達は大丈夫だ。

 一度目は無意識に読み飛ばしてしまったところも含めて、時間をかけて再読した。
 社会で子どもを育てることとか、色々と共感できることがあった。finalvent氏に感謝。お幸せに。長生きしてね。

参考
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2013/03/on-finalvent-7d.html
 
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by YTR3320 | 2013-04-10 08:44 | 読書
 トランペットをオーケストラを学んだ先生について習ってもうじき5年。並行して、ヤマハでジャズトランペットを習っている。中学生以降、それほどレコードやCDを聞かず、音痴故にカラオケが苦手だったのでトランペットだけではなく、音楽そのものについて、僕は初心者だ。

 だから、トランペットを習っていて、いくつも素朴な疑問が次々と生まれていた。例えば、音の高低と音色はどう違うのか、クラシックで和音と言えば3つの音で構成されるがジャズでは7thコードで4音だ、この二つはどう違うのか、なぜ楽器の音合わせをするときには実音のラ(A)の音に合わせることが多いのか、デジタルチューナーの441とか442とかの数字は何を指しているのか、
オーケストラの曲名はどうして長いのか、なぜクラシックは1曲を複数の楽章に分けていて楽章にはどんな意味があるのか、拍子記号の意味は何だろう、一つの音符の長さはどうやって決まるのだろう等々だ。

 『響きの科楽』(原題:How Music Works、ジョン・パウエル、早川書房)は、これらの素朴無い疑問に次々と答えてくれた。レッスンで先生が言っていたこと、ジャズトランペットのクラスで原朋直さんが言っていたことは、こういう意味だったのか、と納得することも多々あった。楽器の初心者は、楽譜の読み方とかコードの解説書を読む前に、本書を読むと良いと思う。平易な言葉と考え抜かれた構成により、初心者でも戸惑うことなく、自然に音楽の様々な概念を学んでいくことができる。

 久し振りに楽しい読書だった。
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by YTR3320 | 2011-12-01 20:47 | 読書
初めて外国を訪れたのは、丁度30年前。フランスの中部に行った。滞在中に村のカトリック教会に誘われた。日曜日でミサが行われた。聖歌と神父の声が教会の上から降って来て身体を包みこんだ。カトリックは音楽と祈りの声をこのように使うのか、と思った。

 『人生が深まるクラシック音楽入門』(伊東乾、2011年、幻冬舎新書)を読んだ。第二章 美しい響きを創造する-西洋音楽の歴史<バロック・古典派篇>の「教会の建て方が変わって音楽も変わった」と第六章 音楽、どこで聴きますか-生演奏と録音の話 の「床、壁、天井の響きまで含めて楽器の音」が、30年前の記憶とつながって、とても面白かった。

 終章 歌うクラシックのススメの「バーンスタインもブーレーズもみんな歌った」「自分で歌えなければただの「音出し」」「チェロを手に取るのは最後だったカザルスの音楽作り」に書かれている楽器演奏者に取っての歌うことの重要性は、トランペットのレッスン、練習を通じて実感していることだ。改めて、歌うことの大事さを確認した。
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by YTR3320 | 2011-08-16 22:44 | 読書
 一ヶ月前くらいに『私たちはこうして「原発大国」を選んだ-増補版「核」論』(武田徹、2011年5月、中公新書ラクレ)を読んだ。2002年に上梓され、福島第1原発の事故を踏まえ増補版が今年の5月に出されたものだ。

 本書は、日本の原子力発電を太平洋戦争後の戦後史の中から見ていくものだ。つまり、米ソ冷戦構造の中で核の傘を差しのべて日本を抑えておこうという米国、米国の傘の下に留まることで経済発展を目指すという日本人達、米国の傘の下から抜け出すためにこそ日本の独立があると考える別の日本人達、過疎地の雇用問題と原発といった切り口で原発、日本の原子力開発の歴史が描かれている。

強く印象に残った部分を何箇所か引用しておこう。
戦後の日本は、核エネルギーを科学の力で解放し、制御する、原子力発電という技術を手に入れました。1970年代に起きた二度のオイルショックを経験したものの、次々に運転を開始した原発のおかげで、「豊かな」社会を築いて来られた。経済発展によって増加する電力消費にも不安を感じることはなかったのです。(p.4)

反米運動を主導した清水が核武装論を唱えるに至った動きを、本書ではアメリカの核の傘から離れて国家の「独立」を求める一貫した流れに沿ったものとして扱いました。本論では触れていませんが、核武装を「国家」たる前提条件と考える清水のような立場を取ると、原子炉を持つことの経済条件や安全性もまた、国家の安全保障上の要請と照らし合わせられつつ評価されるようになります。このように原子力は単に科学や経済の議論を越えたところに位置しているp.5

このように原発は、雇用問題と切り離せません。原発は諸リスクを避けるために、産業のない人口の少ない地方に建設される運命にある。人口と雇用の少ない地方にとって、震災以前の原発は相対的に魅力的な仕事場であったはずです。P.11

<しかし、社会資本の誘導が原子力発電所の誘致に至っては更なる過疎を招く。過疎にしか作れない原発は過疎を愛する。もし過疎から更なる過疎へという循環を避けたければ、迂回のシステムを超えるものを我々が用意しなければならない。<中略>
で、どうするか---、方策は分からない。しかし方策が見当たらないからこそ今、すべきことは明らかだ。P.178/blockquote>

 何度か読み返して本書の描いた戦後日本の現代史、つまりは自分自身と原子力発電のことを考えていこうと思う。
 
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by YTR3320 | 2011-07-05 21:53 | 読書
2011年3月11日に起きた東日本大震災の直後に2冊の本を読んだ。

 1冊は『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』(佐藤栄佐久、平凡社、2009年9月)
 2002年8月に発覚した東電の検査データ捏造、トラブル隠しに端を発し、結果的に東電の全原発が2003年4月に停止した。この時のことに触れて著者は書いている。
 七月に入り、そろそろ梅雨が明けて電力の需要期に入る首都圏でも、福島の原発がいつ稼働を再開するかが、ようやく大きな関心を呼ぶことになったようだ。原発立地県から首都を見ると、「自分にかかわり合いが出てきて、初めて関心を持つ人たち」としか見えない。

 チェルノブイリ事故の余波がまだ報じられていた1990年代初頭にロシア、カザフスタンに出張することになって原子力発電所や放射線についての本を読んでから、311が起きるまで、新聞を読む以上には原子力発電所のことに関心を払ってこなかった、僕にこの言葉はずしんと突き刺さった。

 第3章原発をめぐる闘い、第4章原発全基停止での原子力行政、「構造化されたパターナリズム」への批判、第5章「三位一体改革」と地方分権の死 は、今からでも多くの人が目を通す勝ちがあると思う。本書が出たときに読んで,考えを巡らせておけば良かったと忸怩たる思いだ。

 もう1冊は、『津波災害--減災社会を築く』(河田 惠昭、岩波新書、2010年12月)だ。
 洪水や高波と津波の違いだけではなく、現在の市町村長の独自の判断で避難勧告を出すシステムについて次のような問題点すら既に指摘されている。
 (4)浸水市域を立入禁止区域に)市内と、救助・救援活動に支障をきたす。また、浸水した企業、商店、住宅で東南などの犯罪が頻発するようになる。(p.144 第4章 津波が来たらどうする?)

 多くの人がこの本も自分のことだと思って読み、自分の住んでいる地域で声を上げていく必要があるのだと思う。
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by YTR3320 | 2011-06-19 20:30 | 読書
 今週月曜日から書店に並び始めた『越前敏弥の日本人なら必ず悪訳する英文』(ディスカヴァー携書055)を読み始めた。
出版翻訳は、1冊の本を深く深く(しばしば作者よりも深く)読みこみ、その作品や作家について日本じゅうのだれよりもよく理解していると自負しつつ、何千人、何万人もの読者に向けて、自分自身のことばで紹介していく仕事です。活字文化への情熱と、飽くなき表現翌と、旺盛な好奇心がなければ長つづきするはずがありません。

と4部構成の第1部の冒頭に書かれている。

 まだ、第2部を各節の最初に掲載されている小問を解きながら読み進めている段階だけれど、ビジネス実務での英語の接し方とはまるで異なる出版翻訳の世界を、「そういう視点で文書に接し、プロセスを経て翻訳が誕生するのか」とちょっとワクワクしながら読んでいる。

 小問を解きながら、そう言えば、自分は長い間、英語のみならず、日本語でも文章、表現を味わったり楽しむための読書をしていないことに気が付いた。そういう読書、文章への接し方があることをすっかり忘れていた。日本語であれ、英語であれ僕が、普段の生活で文章を読む目的の殆どが情報摂取であり、書く文章も、情報を誤解のないように相手に届けることを目的としていることが殆どだ。

 この本は、新書版だけれども、電車の中や隙間時間にめくるように読むのは、とても勿体無い。辞書やインターネットに接続できるところで、調べたり何度も考えたりしながら、一つ一つ、小問を解いてゆっくりと読み進める方が、この本から得られる物がずっと大きいと思う。。

丁寧に読んで行こう。
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by YTR3320 | 2011-02-26 10:37 | 読書
先月、たまたまスワンベーカリーの海津社長の話を伺う機会があり、その際、自分が今スワンで行っていることは、全てヤマト運輸で学んだことだという趣旨のことを言っていた。現在のヤマト運輸を作り上げた故・小倉昌男氏の考え方を知りたくなって、『経営学』小倉昌男、日経BP社、1999年を読んでみた。

 書かれていることは、様々な企業、組織運営に適用できる普遍性のある適確な指摘が多い。

 小倉氏は、やりたいこと、好きなことというよりは、立ち向かわざるを得なかった課題に対し、とことん考え抜き、仮説、実行、検証、深化というサイクルを回し続けた人だと理解した。考えるだけでなく、実行する人。言うだけでなく努力し続ける人だった。課題から逃げずに、おかしいと思ったことを「まあいいや」とやり過ごさずに考え抜き、動いてみることが人を成長させる。

 終章にあたる第15章 経営リーダー10の条件に小倉氏が書いている次の言葉に励まされた。
成功している有名な経営者は、「ねあか」の人が多い。性格が陽性か陰性かは、持って生まれたものだが、努力によっては変わるものだと思う。私は、本来内向的で、非社交的な性格であったが、意識して明るく振る舞うように努めた結果、今では、付け焼き刃のところもあるが、あまり無理をしないで明るく振る舞うことができるようになっている。

 人は変わることができるし、成長することができるのだ。
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by YTR3320 | 2010-07-31 09:21 | 読書
『ハゲタカ』の著者の最新短編集『プライド』(真山仁、新潮社、2010年)を読んでいる。
thtp://www.shinchosha.co.jp/book/323321/
告発者は何を暴いたか。相棒はなぜ、裏切ったのか。ビジネス小説の旗手、渾身の作品集!

確信犯的に期限切れ食材を使った菓子職人の胸中に迫る表題作、変人官僚が事業仕分けと対決する「一俵の重み」。マスコミが見過ごす社会問題の真相と、現場の人々の一筋縄ではいかない思いに光を当てる。逆境を支えるのがプライドなら、人を狂わせるのもまたプライド――切れ味鋭い心理小説とも呼ぶべき異色のビジネス短編集。


 銀座ミツバチプロジェクトの指導をしている養蜂家の藤原誠太さんから「僕もモデルとして登場するよ」と聞いたからだ。

 藤原さんをモデルとした養蜂家が登場するのは、最後の6編目「ミツバチが消えた夏」だ。ミツバチの突然大量死、CCD(蜂群崩壊症候群)の原因として養蜂家達から強く疑われているネオニコチノイド系農薬や農協の問題点を取り上げている。

 「ミツバチが消えた夏」を読んだ後、1編目の「1俵の重み」を読んだ。コメに情熱を注ぎ、入省4年目のキャリア官僚を誇り高く理想を求める農水省官僚に育てようとしている57歳の農水官僚が主人公だ。この二人の農水省官僚の熱い思い、日本を少しでも良くしたいという思いがファームエイド銀座で知り合った若手・中堅の農水官僚達とだぶっていた。

 
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by YTR3320 | 2010-04-06 23:30 | 読書