2007年1月、40代半ばにゼロからトランペットと音楽をやり直し


by YTR3320
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記録:日韓学生交流計画

 大学生だった1980年代の前半に日韓学生交流計画に参加して韓国を訪れた。7月半ばからの約2週間だった。

 団長は小此木慶応大学法学部政治政治学科助教授(当時)、他に大学講師、博士課程、外務省アジア局職員など4名が引率した。団員は首都圏を中心とした大学、大学院で国際経済や文化を学んでいた学生30名。ICU、上智、東大などでアイセック(http://www.aiesec.jp/)に所属していた大学生が多かった。

 韓国で海外渡航が自由化されたのは1989年。それまでは、ビジネスマン、一定の年齢以上の人、海外への留学生くらいしか韓国国外に出ることはできなかった。この為、若者同士の交流を行なうには、日本から韓国を訪れるしかなかった。

 最初ソウルに3泊し、韓国の歴史・文化の講演を聞いたり、国立博物館(旧日本総督府)、景福宮、38度線(手元に残っている日程表には第3トンネル、松嶽 Op見学と書かれている)などを行った。

 その後、秘苑、利川の民俗村を見学してからUNESCO青年院に2泊して韓国の大学生との交流・共同プログラム。再びソウルに戻り、3泊。内、1泊はソウルでのホームステイ。僕は交流プログラムの相手だった大学生の家庭に泊めて貰った。

 その後、慶州で佛国寺を見たり、浦項製鉄、現代造船を見学、最後は釜山に2泊して帰国した。

 1988年のソウルオリンピックに向けてソウル市内のあちらこちらで工事が行われていた。一方で、月に二回の防空訓練も行われていて、ソウルから慶州への高速道路をバスで移動中に訓練に当たった。ソウルから38度線への緊張感は、今でも強く覚えている。
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by YTR3320 | 2010-07-28 17:58 | 雑感